2011年1月
新年互礼会
今日で三が日も終わります。元旦は早朝の初詣に始まり、昼ごろから夕方まで4か所の新年互礼会に出席しました。特に戸山地区の新年互礼会は各町内会で毎年行われ、各町内会とも出席率は80%ー90%と非常に高い出席率です。各会場で少しづつお神酒をいただくので、夕方家に帰るころにはかなりお酒が入っています。しかし、飲み方が少しづつ上手になったのかあまり酔いませんでした。
夜、弟夫婦が年賀にやってきました。それぞれの子供たちが仕事を持って忙しく、正月には帰らなかったので、弟夫婦と我々夫婦と母の五人でささやかに新年宴会をやりました。久しぶりに、のんびりと良い酒を飲みました。
昨日(1月2日)は完全休養日が取れました。気になっていた八朔を収穫しました。その写真を明日掲載します。
その新年互礼会の中である会長さんが挨拶の中で、「今年は戸山地区敬老会は100回目を迎えます。敬老会の起源は戦後、兵庫県のある村が行っていた「年寄りの日」が日本全体の敬老の日となったと言われていますが、戸山地区では明治37年から行って、今年で100回目を迎える節目の年です。日本で一番古くから行っている「敬老会」は、我が戸山地区です。」と話されました。文化と歴史の町、戸山を感じました。
敬老の日の始まり
兵庫県多可郡野間谷村(後の八千代町を経て現在の多可町八千代区)の門脇政夫村長(のち兵庫県議会議員)と山本明助役が1947年(昭和22年)に提唱した「としよりの日」が始まりである。「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」と、農閑期に当り気候も良い9月中旬の15日を「としよりの日」と定め、従来から敬老会を開いていた。これが1950年(昭和25年)からは兵庫県全体で行われるようになり、後に全国に広がった。その後「としより」という表現は良くないということで1964年(昭和39年)に「老人の日」と改称され、翌年に野間谷村からの政府への繰り返しの働きかけもあり、国民の祝日「敬老の日」に制定された。
(フリー百科事典 ウィキペディア引用)
初夢
1月1日の夜か2日の夜見る夢を「初夢」と言うそうです。昨夜は夢を見ませんでした。初夢はまだです。昔(江戸時代かららしい)から、初夢を見るなら「一富士二鷹三に茄子 」と言われてきました。
一富士二鷹三に茄子
・いわゆる初夢に見ると縁起の良いものとして《1富士・2鷹・3茄子》と言うのは有名です。
・「神君駿城に御坐ありし時」の話として伝わるのは、徳川家康である神君が駿府城に居る時、初ナスがあまりに高かったため、その値段の高さを「まず一に高きは富士なり、その次は足高山(愛鷹山)なり、其次は初茄子」と言い表したという(東京堂刊「故事ことわざ辞典」より)。
・ほかに駿河の名物を並べたという説。「富士」はいうまでもない。「鷹」は富士山ろくから出るタカが、唐種で素晴らしく「こまかえり」と呼ばれる。「茄子」は駿河国産のナスが他国に先駆けて採れる名産であること、というもの。
・もう一つはまた徳川家康にかかわることで、天下を取った家康の好物を並べたという説。景色では富士山、趣味はタカ狩り、食べ物はナス。それを夢に見てあやかろうということ。
・こじつけ臭い説では日本の三大仇討ちをあらわした物だと言うものもあります。
「富士」曾我兄弟が富士山の裾野で、工藤祐経を撃った。
「鷹」赤穂浪士?事件の元になった浅野長矩の紋所が鷹の羽を意味する。
「茄子」荒木又右衛門、渡辺数馬の仇討ちの場所が茄子の産地だった。
・めでたい初夢といわれる「一富士・二鷹・三なすび」。実はこれには続きがあり、「四扇・五煙草・六座頭」となっている。
扇は末広がり、煙草は煙が上へと昇るもの、座頭は毛がない(怪我無い)
(インターネット 富士NET 参照)
(ラクリマ/輪工房 Blog - 初夢の日)引用
元旦
平成23年(2011年)・兎年、明けましておめでとうございます。今年は「兎年」です。ピョン・ピョン・ピョン(ホップ ステップ ジャンプ)と素晴らしい年となるよう頑張りましょう。
今朝は、初詣散歩としました。
まず、我が家の墓にお参りをしました。そして地元の「金毘羅神社」に行き、次に「専念寺」にお参りし最後に「岡崎神社」に行きお参りし、「破魔矢」を買って帰りました。年が明けたから言えるのですが、昨年の正月の初詣で、買った破魔矢を持っていた私が、雪で滑って転び破魔矢を折ってしまいました。左手の薬指はいまだに少し痛いです。そのことが有ったので昨年は少し用心をしましたが、なんとなく無事に終わりました。今年はそのような事の無いように気を付けて歩きました。所要時間は1時間10分程度でした。
金毘羅神社
専念寺
岡崎神社
「年越し寒波」の襲来でとても寒い新年となりました。日本海側では大雪で大変なことが起きているようです。
鳥取の国道、雪のため車1000台が立ち往生
2011年1月1日03時44分 読売新聞
大雪のため、鳥取県中部から西部の国道9号で31日から元日にかけて、タンクローリーが立ち往生したのをきっかけに約25キロにわたって約1000台の車が立ち往生している。
県は31日深夜、豪雪対策本部を設置し、自衛隊に災害派遣を要請。陸上自衛隊第8普通科連隊(鳥取県米子市)が約30人を先遣隊として出動させ、1日早朝から車中で一夜を明かすドライバーらに毛布や燃料の支給を始める。
国土交通省倉吉河川国道事務所などによると、同県琴浦町から大山町にかけて渋滞が発生。県には31日夕から、「雪にタイヤがはまって動けない」「立ち往生した車で渋滞している」といった通報が相次いだ。
県などは、国道9号沿いの琴浦町役場と大山町環境改善センターを緊急避難所として開放。ドライバーらに、燃料切れの場合は車を置いて歩いて避難するようラジオで呼びかけている。
気象庁によると、鳥取県内では31日朝から激しく雪が降り、1日午前2時現在、同県米子市の積雪は79センチ。