2012年2月

おたく川柳

2012年2月28日

 オタク川柳というのが有るそうです。サラリーマン川柳のように投票を募っています。(2月12日ー3月11日) ネットユーザーと近い立場にあるオタク層から作品を集めた「あなたが選ぶオタク川柳」を実施しているのは、インターネットプロバイダのインターリンクです。

 今年で7回目を迎えるコンクールの入選作20句です。この中から投票で最優秀が決まるそうです。サラリーマン川柳とは少し質が違いますね。
 
・ジブリみて ツイッターおちてる 『バルス』コワッ (ラピュタ落ち:30代)

・父母会が 腐母会になる 昼下がり (かるら:50代)

・一児より 二次に手をかけ 家事惨事 (まゆみう:30代)

・デュフフコポォ オウフドプフォ フォカヌポウ (文郎:20代)

・ジオングの 足あつかいか オタ知識 (オタクのサイドさん:30代)

・仕様書や 取説読むより 空気読め (ライギョ:30代)

・国会に 政治オタクが 何故いない (とりびあの:50代)

・景色より 吊り革見つめ 癒される (せみダブル:20代)

・住んでいる 家より城を 耐震に (aruji:50代)

・「ライブです」 言えずに親戚 死んでゆく (jam:20代)

・俺の嫁 ならば作者は 俺の義父 (しのむん:20代)

・婆さんや 熟女のフィギア 無いのかい (裏表:70代)

・今日もまた 佐川の人から サイン攻め (ひっきー:20代)

・「ちょ」と入れて 予測変換 ちょwwまてwwおまww (サトシファクション:30代)

・海賊王? それより課長に なってパパ (わかた:30代)

・39(三重苦) 金なし嫁なし あせりなし (一生オタク宣言:30代)

・ニコ生で 神と呼ばれて 道外す (ネココ:30代)

・ももクロか スマイレージか AKB (KGDA:10代)

・リア充に 侵食される 秋葉原 (かみそん:40代)

・好きな子を 奪い合わずに 語り合う (彦根英雪:10代)

   (インターネットオタク川柳HP引用)

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東京 隅田川

2012年2月27日

 一昨日(2月25日土曜日)1泊2日で東京へ私用で行って来ました。泊まったところが築地のすぐ側の聖路加ツインタワーの中にある「東京新阪急ホテル築地」でした。隅田川のすぐ側で川の眺めがとても綺麗でした。

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   聖路加ツインタワー(左側のビルの32階から38階までがホテルでした)

 隅田川の河川敷はとても綺麗の整備され都民の憩いの場となっていました。朝の散歩でホテルを出発して佃大橋・中央大橋・勝鬨橋と歩きました。隅田川の河川敷はとても綺麗で歩きやすく沢山の人が散歩をしていました。この河川敷は、平成18年中央区が策定した、「「水の都中央区の復活」ー水辺とともに歩む中央区をめざしてー」で実施してきました。

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            歩きやすく気持ちよく整備されていました。

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 中央大橋から上流を見ると「東京スカイツリー」が良く見えました。(橋は永代橋)

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                  石川島燈台跡(佃島)

石川島燈台は慶応2年、石川島人足寄場奉行・清水純畸が隅田河口・品川沖航行の船舶のために築いたもの

 対岸の佃煮の発祥地、佃島もよく整備されていました。気持ち良く散歩で来ました。

追伸

 今回の東京は息子に呼ばれていきました。生まれて初めて息子の取ったホテルを利用しました。(ホテル代金含む)用事は付き合っている女性の両親を紹介でした。かなり前から付き合っていたので早く娘さんの両親に合わせなさいと言っていたのが今回実現しました。

 最初にお互いが挨拶をし会食を始める前に息子が「本日は忙しい中集まっていただきありがとうございます。早くしようと思っていましたが遅くなってすみません。報告で申し訳ありませんが、昨年12月25日にプロポーズし婚約しました。3月に籍を入れたいと思っています。結婚式・披露宴については時期も含めて相談したいと思っています。」と挨拶をしました。

 驚きました。息子からそんなきちっとした挨拶をされたのも初めてでした。息子の成長振りに感激しました。親として大変有意義な東京一泊でした。

 

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宮島 岩惣

2012年2月24日

  昨日(2月23日)久し振りに宮島に行きました。長いこと行っていなかったので宮島はずいぶん変わっていました。商店街には人がたくさん集まり活気に満ちていました。「平清盛」ブームのせいですかね。
 友人の知り合いの「岩惣」に行きました。岩惣は格式のある古い旅館で建物も、天皇陛下の泊まられた「はなれ」をはじめとして「新館」「本館」とあります。。新館には「若宮温泉」という温泉もありました。

 岩惣

 安政元年(1854年) 岩惣の初代であります岩国屋惣兵衛は、厳島神社の管絃祭(旧6月17日)の前後一ヶ月間に立つ市の賑わいに着目し、奉行所より紅葉谷(現在のもみじ谷公園)の開拓の許可を受けました。そしてもみじ川に橋をかけ、渓流に茶屋を設けて道行く人々の憩いの場としました。それが 岩惣 の始まりです。
岩惣 という名も、この岩国屋惣兵衛の名前にちなんで名付けられました。その後、四季折々に千客万来の賑わいは続き、旅館形式になったのは、明治になって間もなくでした。それ以来現在まで続いています。

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                     正面玄関

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           大広間の舞台に管弦祭のふすまが有りました。

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新館5階より大鳥居が見えます。大イチョウの木の葉が落ちてるのでこの時期だけ見えるそうです

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             5重の塔もよく見えました

若宮温泉
  明治十八年に掘った井戸水を一部の水まわりに使っておりましたが、先々代女将は「ここの水は肌がツヤツヤするのよ」と、申しておりました。もしや、と思い調べてみたところ、地下わずか5メートルの水源ながらラドンを含んでいて、温泉を発見しました。源泉の辺りを若宮ヶ原と呼んでいた事から「若宮温泉」と名づけられました。
 

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