風呂好き 2011:12:23:07:39:14
忘年会が続いています。一番困るのはゆっくりと風呂に入れないことです。夜、何も予定がない日、早めに風呂に入ってのんびりするのが一番のリラックスです。私も好きですが日本人全てが風呂好きなのではないでしょうか。世界の風呂好きは古代ローマ人と日本人だそうです。
東日本大震災を取材した、海外メディアが特に驚いていたのが、この状況下でも風呂に入ろうとする 日本人の精神だそうです。周りは瓦礫ばかりでとても風呂どころではないのですが、風呂好きの日本人にとって、 風呂が無い生活は考えられない。 自衛隊が用意した簡易風呂もよいが、瓦礫でつくった露店風呂もなかなか風情があって良い。
『この状況下でも風呂に入ろうとする日本人の精神は考えられない』 などと、海外メディアは、度肝を抜かれたようです。
世界の風呂好き民族の双璧は、古代ローマ人と日本人です。
古代ローマでは公衆浴場をテルマエ(thermae)といい、市民たちは盛んに入浴していた。古代人は日の出とともに活動を開始し、日が落ちると眠る。よって仕事は午前中で終わり、そして仕事帰りにはひとっ風呂浴びて、社交の時間を楽しむのだ。
(ワークライフバランスいいですね)
公衆浴場と言っても、ただの銭湯とは規模が違うし、機能も多彩。スポーツジムに、各種ボディケア、軽食や飲み物、遊戯室に談話室。そもそも入浴も、温浴と冷浴の両方があり、サウナ(蒸し風呂)もある。装飾は噴水や、居並ぶ神々の彫像の肉体美だ。まさに複合文化センターといった趣です。
さて、気になる入場料は、格安。パン一つ、またはぶどう酒一杯程度の、4分の1アッシスだったという。軍人や子供は、無料。奴隷も入場可能で、公務員であればやはり奴隷でもタダ。浴場では、身分の別なく裸の付き合いであったようだ。元々混浴だったが、ハドリアヌスの時代から男女時間別になった。首都ローマだけでなく、都市ではどこでもあり、軍団基地にも大規模な浴場があった。
これほどまでの風呂文化を支えるのはやはり、水道だ。ローマだけでも、巨大な水道橋は11もあり、今日のローマ市の実に十倍もの水が供給されていた。もちろん、上下水道は完備。なにしろ幹線道路だけで地球2週分(8万キロ)も作るような人たちだから、彼らのインフラ整備にかける情熱は驚嘆に値する。ローマ人は自らの技術を、人間の生活や現実に役立つものを作ることに傾注しました。
だが、このような風呂文化も、帝国が衰退し、キリスト教の時代になると廃れた。キリスト教の文化は裸を受容しない。(アダムとイヴ、聖書の創世記を思い出そう)神々の彫像、裸体の彫像は破壊され、「裸の付き合い」も出来なくなった。体を清潔に保つ入浴の習慣はヨーロッパから消えてしまった。
しかし、ローマ帝国からはるか東の極東の島国、日本に風呂文化は受け継がれていた!?日本人も相当に風呂好きである。(そしてローマ人も日本人も温泉好きだ)ユニットバスの普及は少なくとも高度成長の時代のようだが、銭湯の起源はなんと鎌倉時代にまでさかのぼることが出来るようであり、江戸時代に盛んになったらしい
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