重陽の節句 2011:09:09:07:11:45
今日(9月9日)は、重陽の節句です。
重陽の節句(ちょうようのせっく)
五節供の1つで、9月9日を指します。旧暦ではキクが咲く季節であることから「菊の節句」とも呼ばれています。
元々は支那の考え方で、「九」との陽数(奇数)の中で一番大きな数が重なることから「重陽」と呼び、めでたい日とされてきた。起源は六朝時代の桓景(かんけい)の故事にちなんでおり、この日に高いところに登り、菊酒を飲めば災いが避けられるとして、9月9日になると人々は酒肴や茶菓などを持って小高い山に登り、紅葉を眺めながら1日を楽しみ、邪気を払ったといわれている。古来支那でキクの花は不老長寿に結びつくと信じられており、重陽には特にキクの花を浮かべた菊酒を飲むのが慣わしになっていた。
この習わしが飛鳥時代に日本に伝わり、宮廷行事として菊花宴が開かれるようになり、平安時代には重陽節として正式な儀式となった。『紫式部日記』には、8日の夜に綿をキクの花にかぶせ、翌朝、露にぬれたキクの香りのする綿で肌をぬぐうと長寿を保つことができるとの「菊綿(きくわた)」や「菊被綿(きくののせわた)」と呼ばれる習慣が描かれている。
江戸時代になると、重陽の節句は五節供の1つ「菊の節供」として民間にも広まっていった。旧暦の9月9日は現在の10月頃にあたり、これは田畑で収穫が行われる時期に当るため、農山村などでは「栗の節句」とも呼ばれて栗ご飯などで節句を祝ったといわれる。明治時代以降、この風習は他の節句に比べて少しずつ薄れていくが、現在でもこの日に、キクにちなんで各地でキクの品評会が開かれている。
旧暦の9月9日というと現在では10月になりますから、ちょうど田畑の収穫も行われる頃で、農山村や庶民の間では栗の節句とも呼ばれて栗ご飯などで節句を祝ったということです。
さかんに行われていた重陽の節句が、現代に引き継がれていないのは、旧暦から新暦にこよみが移り、まだ菊が盛んに咲く時期ではなくなってしまったことが大きいのかもしれません
節句(せっく)
伝統的な年中行事を行う季節の節目となる日のこと。「節供(せっく)」とも。古くは「節日(せちにち)」と呼ばれ、節日には朝廷において節会と呼ばれる宴会が開かれた。古代支那から伝わった暦上の風習を指し、日本の生活に合わせてアレンジされていくつもの節日が伝わっていたが、そのうちの5つを江戸時代に幕府が公的な行事・祝日として定めたのが節供である。
五節句
・人日(じんじつ)
1月7日:七草
・上巳(じょうし/じょうみ)
3月3日:桃の節句
・端午(たんご)
5月5日:菖蒲の節句
・七夕(しちせき/たなばた)
7月7日:たなばた
・重陽(ちょうよう)
9月9日:菊の節句
(インターネット記事引用)
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