電力の周波数 2011:04:28:07:32:14

2011年4月28日

 東京に出張に行って感じた電力不足での節電を体感しました。現在の生活で電気が無かったら生活が成り立ちません。西日本と東日本で電気の周波数が違うので送れないと言われています。なぜなんだろうと思い調べてみました。

 東日本の電力の周波数は50ヘルツ。それに対して西日本の電力の周波数は60ヘルツです。周波数が異なるため、西日本から東日本に電力を送るには、途中で周波数を変換しなければなりません。しかし、その変換する施設そのものの「変換能力」に限界があり、東日本が必要としている電力量を送ることができないのです。
 
 このように東日本と西日本で電力の周波数が違う理由は、1894年に東京電灯(現:東京電力)が50ヘルツのドイツ製発電機を導入したのに対し、大阪電灯(現:関西電力)など関西側は60ヘルツの米国製発電機を導入したことによります。
 
 その後、電力業界が資金を出しあって周波数の変換所を設立しましたが、その能力には限界があり、たとえば九州電力では最低でも500万キロワットは余裕があり送電できる状態にあるにも関わらず、現時点の変換所の変換能力は合計100万キロワットしかなく、東京電力で不足している電力約1000万キロワットに遠く及ばないのです。 よって、西日本側も送りたくても送れないという状況なのです。
 ちなみに、一般に静岡県の富士川と新潟県の糸魚川を結ぶ線が境界とされ、東側が50Hz、西側が60Hzです。
 
周波数統一の動き
 江戸時代から明治になり人々の家庭に電気が通りはじめたとき、 それぞれの地域が個々に発電機を購入して送電し始めました。 当時は50Hzと60Hz以外にも電圧を含め多数の形式が乱立していました。

 その後、統廃合がすすみ戦前の段階でドイツ(ヨーロッパ)の規格をもとにした 東日本の50Hzとアメリカの規格をもとにした西日本の60Hzになりました。

 やがて同盟国ドイツの形式であり、首都のある東日本の形式である 50Hzに統一する計画が持ち上がりましたが、第二次世界大戦の勃発で 頓挫しました。

 戦後になって、ドイツは分断され地位低下、対してアメリカが世界でリーダー的 立場になり、主要貿易相手になった結果、逆に60Hzに統一する計画が持ち上がりました。

 しかし、高度経済成長でつぎつぎと家電製品が開発出荷されるなかで、 当時は片方の地域でしか使えなかった為、 それを止めて回収したり、すでに出回っている電化製品をバラして 電源を取り変えるなど事実上不可能になっていました。

 そして、分断されたまま現代まですすみ、近代になって技術の進歩で どちらの地域でもスイッチの切り替えなどなしに電化製品が使えるようになりました。

 そこで最近でも60Hzに統一する話はちらほらと出ていたのですが、 機材の変更を強いられる東京電力が強固にこれに反対していたため、 話がすすまず、震災によって関東で電力不足が起こりはじめてその問題点が 明るみになりました。

 電力形式が統一していたほうが、災害時に被災地域外がバックアップできるため 良いことは明白です。 50Hz地域の電力会社に負担を負わせるのではなく、全電力会社や国が補助して この期に統一するべきですね。

                (インターネットsooda引用)



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