お盆 2010:08:14:07:06:48

2010年8月14日

 昨日(8月13日)からお盆に入りました。私の会派控え室も13日ー16日までお盆休みとしました。昨日は、長くしていなかった【草刈り】をしました。沼田地方では、「のうくり者の節句働き」と言う言葉があります。横着者は人が休んでいる(お祭り等)時に働くと言う意味です。その通りの事をやってしまいました。草刈り機の調子が悪くて2時間以上かかりました。これも平素から整備をしていない結果だと思いましたが、かなりイライラしました。

 沼田町伴地区では、8月16日「盆踊り」が開催されます。長く続いている行事です。

 お盆についいて調べてみました。

正式名称は仏教行事の「盂蘭盆会(読み:うらぼんえ)」と言います。。
 先祖や亡くなった人たちが苦しむことなく、成仏してくれるようにと、子孫が、報恩や追善の供養をする期間を「お盆」と呼ぶ。特に、人が亡くなって49日法要が終わってから最初に迎えるお盆を初盆(はつぼん)または新盆(しんぼん、にいぼん、あらぼん)と呼び、家の門口や、お墓に白一色の提灯を立て、初盆以外のお墓には白と赤の色が入った提灯を立てるなど、特に厚く供養する風習がある。現在は、関東では7月13日から16日までの4日間を、関西では8月の13日から16日までの4日間を指すことが多い。

 盂蘭盆会は彼岸会と同様、主に先祖供養のための行事ととらえられていますが、彼岸会とは大きく違うところがあります。それは、彼岸会では先祖の霊魂を彼岸に到らせようという想いが強いのに対し、盂蘭盆会では家に帰ってきた先祖の霊魂(れいこん)をもてなす意味合いが濃くなっている点です。


 盂蘭盆会という言葉は梵語(サンスクリット語)で、インドから中央アジアで呼ばれていたとれている。日本では推古天皇の606年に始まり、日本書記から平安・鎌倉時代には定着していたことが分かる。江戸時代に入ると民間の行事として盛んになり、「盆礼」といって親族や知人の家を訪ねて進物の贈答をすることが行われ、関西では「素麺」関東では「麦粉や米」などを持参したそうだ。その盆礼を中元ともいい、今日の「お中元」に繋がっている。

 13日の夕方に迎え火を焚き、先祖の霊を迎える。 
 16日の夕方、送り火を焚き、御先祖さまに帰ってもらう。
  キュウリとナスビに割り箸を刺して馬と牛に見立てた精霊馬(しょうりょううま)を飾る地域もある。

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キュウリは馬の例え
 お盆のときに、少しでも早く迎えられるようにとの願いを表現。
ナスは牛を表現
 お盆が終わって、帰るときはのんびりと。

◆盆踊りのルーツ

・盆踊りは本来は仏教行事です。
 平安時代、空也上人によって始められた念仏踊りが、盂蘭盆の行事と結びつき、精霊を迎える、死者を供養するためのものという意識になっていきました。 室町時代の初めには、太鼓などをたたいて踊るようになったといわれています。
 時代とともに、宗教的意識は薄くなり、民衆の娯楽として発展してきました。地方によっては男女の出会いの場、求婚の場として、重要な行事となっていました。現代では、すっかり“踊りを楽しむお祭”として各地で催されるようになっています。

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                   (インターネット記事 提灯ドットコム等)引用

 

 



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