中国旅行記 1 2010:05:29:08:04:09

2010年5月29日

 5月23日14時30分広島空港を飛び立ち、北京に(大連経由)17時45分(時差1時間)到着しました。空港に降りて、暑さに(32℃)まいりました。
 北京は戸籍人口1,755万人(2009年末)あまりで、構成は96%が漢民族で、残り4%は55の少数民族で構成されています。
 ガイドが、「中国は何処の民族が多いですか」と言う質問に、「韓民族でしょう」と答えると「違います。不満足です。(不満族)」と言っていました。笑うに笑えないブラックジョークで中国の現実を垣間見たような気がしました。市内は街づくりと建設ラッシュで活気に溢れています。日本のバブル期全盛の時代を思い浮かべました


 5月24日、観光の1日目です。ホテルを8時30分に出発し2時間かけて万里の長城に行きました。北京市内から約2時間かけて到着しました。中国各地からの観光客で溢れていました。
 二山登りましたが急な坂・階段で息が切れるくらい大変でした。その時代にこれだけのものを建設したという現実に感動しました。
 しかし、今回の中国旅行全体の感想ですが、中国人の辺り構わず大きな声での会話と、人を押しのけての行動には閉口しました。

万里の長城

 東端の遼寧省虎山から今まで東端とされていた河北省山海関に(以前はここから6,352kmとされていた)至り、西端の甘粛省嘉峪関まで総延長は8,851.8km(2009年4月18日、中華人民共和国国家文物局発表による)。
 一般に長城を作ったのは秦の始皇帝だと認識されていますが、現存している「万里の長城」の大部分は明代に作られたものです。

 現在、中華人民共和国政府は重要な歴史的文化財として保護し、世界遺産にも登録されています。世界有数の観光名所としても名高いですが、地元住民が家の材料にしたり、観光客へ販売するなどの目的で長城の煉瓦を持ち去り、破壊が進んでいます。
 また、長城がダム工事により一部沈んだり、砂漠化により沈んだり、道路建設により分断もされていまする。長城周辺の甘粛省や陝西省は、中華人民共和国でもっとも貧しい地域の1つで、当局は対策に頭を悩ませています。

 2006年4月に行われた中華人民共和国の学術団体「中国長城学会」の調査によると、万里の長城が有効保存されている地域は全体の2割以下で、一部現存している地域も3割であり、残り5割以上は姿を消しているとの報告がされました。

 2009年4月18日、中華人民共和国国家文物局は総延長は、6,352kmから8,851.8kmであると修正発表しました。
 毎日新聞によるとのろし台5723カ所も確認され、煉瓦などでできた人工壁6259.6kmに加え、くぼみや塹壕部分の359.7km、崖などの険しい地形2232.5kmが含まれたことから延びたとみられるとしています。

明の十三陵

 明の時代、第3代の永楽帝以降の皇帝13人のお墓のことです。明はもともと南京が首都で、永楽帝が北京に首都を移しました。
 この定陵は第14代万暦帝のお墓です。この万暦帝というのは日本でいえばちょうど豊臣秀吉と同時期で、秀吉の朝鮮出兵に対して朝鮮へ援軍を送ったことと、自分のこの墓を巨額の費用を投じて作ったことが明の滅亡を招いたと言われています。また、ここの特徴は地下宮殿で、お墓を発掘して一般公開していました。

鳥の巣
 北京オリンピックのメインスタジアムでです。
 設計者は、スイスの建築家ユニット、ヘルツォーク&ド・ムーロンで、その独特の形状から、愛称は「鳥の巣(??・Bird's Nest)」です。大きさは330m×220mで高さは69.2m。総工費は35億元。最大収容予定人数は91,000人で、オリンピック終了後は施設の改修が行われ、座席数は8万人にまで減らされました。

ウォーターキューブ(中国語:水立方)
 同じく愛称「鳥の巣」をもつ北京国家体育場の隣に建っています。
 2008年の北京オリンピックでは水泳競技の会場となりました。2003年4月着工、2008年1月28日竣工。夜になるとブルーにライトアップしてとても綺麗だそうです。

 鳥の巣もウオーターキューブも考えられないほどの広い敷地の中に造ってありスケールの大きさにびっくりしました。

 



コメントをどうぞ