【市政報告】6月定例会一般質問2日目 2010:06:17:06:28:34

2010年6月17日

 昨日(6月16日)6月定例会一般質問2日目が行われました。

1、月村俊雄(市民市政クラブ)「西区」
 1)オリンピックについて
 2)子ども条例について
 3)西風新都の都市づくりについて

2、中森辰一(日本共産党)「西区」
 1)核兵器廃絶の課題と米軍基地問題
 2)子どもたちへの責任を果たすために
  ・虐待対策について
  ・公立保育園民間移管について
  ・教育無償化への取り組みについて
  ・障がい児施策について
  ・子どもの医療補助制度の拡大について
  ・子どものシェルター早期設置に向けて

 3)市民生活の実態について
  ・頼りになる医療、福祉制度の確立
  ・払える国保料にするために
 4)福祉としての市営住宅について
  ・高齢者が住み続けられる施策
  ・障がい者の暮らしを守るために

3、永田雅紀(爽志会)「中区」
 1)師範塾について
 2)観光事業と文化振興について
 3)選挙事務の執行について
 4)市長市政方針の成果について
 5)旧市民球場跡地の活用と菓子博覧会について

4、豊島岩白(新保守クラブ)「西区」
 1)秋葉市長の原爆平和論について
 2)観光人材育成政策について
 3)資源ゴミ持ち去り禁止条例の制定について
 4)日本史の高校必修化について
 5)郷土の歴史、伝統文化を大切にする教育について

 4人の議員が、質疑を行ないました。その中で豊島岩白議員(新保守クラブ)「西区」の、【秋葉市長の原爆平和論について】が素晴らしい平和論を展開しました。再質問で仕方無しに秋葉市長が長々と答弁しましたが答弁になっていませんでした。本人に許可を得て原文を掲載させていただきます。(少し長くなります)

名前:豊島岩白
タイトル:秋葉市長の原爆平和論
本文:
秋葉市長の原爆平和論について
秋葉市長が、市長3期12年間もの長きにわたって、本市平和行政推進に尽力されてこられ、国内外において少なくない実績と功績を残されてきたことに対し、被爆2世としてこの広島市で生まれ育ってきた者としてまずは感謝を申し上げたいと思います。
本市の平和行政推進につきましては、よく「世界平和や核廃絶問題は国家レベルの問題である」との意見もあり、世界初の被爆都市として、世界一の復興都市として、その活動の境についての議論はありますが、私はグローカルリズム(地域地球主義)に則った平和価値観の発信を広島市が愚直に積極的に行っていくことは当然のことであり、正に、シンク・グローバル、アクト・ローカルであると考えるものではありますが、、秋葉市長におかれましては、シンク・グローバル、アクト・グローバルで、海外出張をはじめとした活動が少々グローバル過ぎるキライがあることは否めません。
しかしながらも、千葉県ご出身の秋葉市長がアメリカから日本に戻ってこられ広島市に拠点を置き、衆議院議員、広島市長というお立場で平和問題について真剣に取り組んでこられた姿勢には、一広島市民として敬意を表したいと思います。
しかし、ここからが本題ですが、先ほど申し上げました少々ご活動がグローバル過ぎるキライがある秋葉市長だからでしょうか、シンク・ローカル、アクト・ローカルが足りていない。ようは広島市民の声なき声に耳を傾けられていないのではないか?そんなことを感じる次第ですが、実際に被爆者の方をはじめとした市民の皆様方からの厳しい声を頂戴することがありますので、実例をもって示したいと思います。
まず、自治体問題研究所が発行する月刊「住民と自治」の今年1月号に、秋葉市長が職名を明記されて小論を載せてらっしゃいましたが、そこで述べられている考え方は、秋葉市長が米国のジェノサイド(大量虐殺)犯罪である「原爆投下の重大犯罪」を「道義的責任」論で許し、原爆投下国大統領の「オバマ礼賛(らいさん)」を掲げておられ、そして、それが私たち被爆者・被爆2世ならびにご遺族をはじめとした、広島市民一般の共通認識であるかのごとき誤解を与えかねないものであり、大変問題があると言わざるを得ないということです。
私達は、今一度、原爆投下をよく考えてみる必要があります。世界で初めて核兵器が投下された広島市、そして人類史上ただ一つ投下した国、米国。この投下がどういうものか、いかに「人道に反する国際法違反」のものかを、私達は考えなくてはなりません。
2009年4月10日プラハで、米国オバマ大統領は核廃絶について、核兵器を使用した唯一の核保有国として、「米国は行動する道義的責任がある」と述べていますが、広島市と長崎市に核兵器を投下した米国の責任は、「道義的責任」のようなものに矮小化(わいしょうか)されてはならないものである筈です。
この再認識にあたっては、2007年7月23日、被爆者、広島市民、長崎市民、被爆者支援市民を原告とする「原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島」が開かれ、適用される国際法、訴訟手続、事実認定など詳細な調査・検討をおこなった上で、米国・コスタリカ・日本の判事3人が判決を行ったものですが、これは半世紀以上を経過してやっと原爆投下そのものを裁いたものであり、私は、この判決は原爆投下責任を断罪した妥当な判決であると思っています。
そして、ここで重要なことは、この判決に示された「米国の謝罪等が行われなくては、核廃絶など次への展開はない」ということです。逆にいうと、核廃絶の真の動きはそこから始まるといっても過言ではありません。この出発点を曖昧にしたままでは、いつまでも原爆投下正当化論が浮上し、今後も、限定的な核兵器使用は「正義の戦争」、又は「テロ撲滅」に対する効果的な使用として許されるとする主張が罷り通ると私は懸念します。
米国が「国際民衆法廷・広島」の判決を是認し、具体的な行動を起こすのでなければ、米国大統領の広島訪問はあり得ないと多くの被爆者や広島市民は思っています。ここで秋葉市長にお伺い致しますが。過日、米国を訪問された秋葉市長が、オバマ大統領に広島訪問を要請し好意的対応があったと聞いていますが、果たして謝罪等の投下責任を認めることを前提とした要求を秋葉市長はなされたのでしょうか?お答えください。そして、そもそも米国の原爆投下責任における被爆者・ご遺族をはじめとした広島市民への謝罪はあってしかるべきか、無くとも良いとお考えなのか、についても明確な市長答弁を求めます。
「お互い相手を非難し、攻撃しあったところで、それは双方の溝を深くするばかりで、将来の平和の確立に役に立たない」的な、多くの被爆者やご遺族の心をかき乱すような聞き慣れたご答弁は無きようお願い致します。
私は現在の「核廃絶」論に直面したとき、米国の核使用正義論が根底にある限り、事態は改善しない!と強く思っています。にも関わらず、オバマ氏の「道義的・道徳的責任」論で、広島市が「オバマジョリティー」などと無意味に踊り、何の核廃絶の実績がないにも関わらず、ノーベル平和賞がオバマ氏に授与され、しかもその授賞式でアフガン報復テロ戦争などを「正義の戦争」として正当化する演説を許してしまったことは、私たち広島市民からすれば冷笑以外の何者でもありません。
「ヒロシマ・ナガサキ議定書」にしても然りです。先述した「住民と自治」1月号で紹介されたのは、米国の原爆投下責任に全く言及していない、いわば米国免罪文書の「議定書」です。「ヒロシマ・ナガサキ議定書」は秋葉市長流「原爆平和論」の核心となる文書ですから、この価値観が一人歩きしているとすると、私は被爆関係者として、広島市の議会人として、その根本から問題にしておく必要があると思っています。この議定書は一見妥当に見えますが、それだけに問題の根は深いものです。一見、もっともなような将来向けの項目を提示されてますが、もともとの米国の核兵器投下によってもたらされた人類破滅の事実とその責任が一言も触れられていない。つまり、核兵器がもたらす厳然たる事実と責任を明示した上での議定書になっていないことは大問題です。
もともと核兵器問題は、その発端である米国による広島一般市民への「原爆投下」であり、その無差別大量殺戮(さつりく)の責任の重大さを根拠にしています。ところが、この点について、被爆者広島・長崎両市民だけでなく、全人類からの米国の投下責任追及が全く議定書で論じられていないことは、画龍点晴(がりゅうてんせい)を欠くというような生易しいものではなく、都合のいい「米国の犯罪隠し」であって、根本的な議定書の欠陥ではないかと考えますが、秋葉市長のお考えをお聞かせください。
秋葉市長が「オバマジョリティー」とはしゃがれながら、オバマジョリティーTシャツを笑顔で羽織る姿をTVで観られた、ある被爆者の方が私にこう仰いました。「私たち被爆者にしてみれば、これ程までにも原爆投下がジェノサイドであり、国際犯罪であるということが伝わっていないことが、何にも増して悲しい。しかも、軽いオバマ論を喝采評価している広島市長の姿をみると、被爆の風化は恐ろしい」と。
そして、ある方は「行動計画で原爆投下国の大統領を支持して、オバマジョリティーキャンペーンなる行動を市長が率先してやろうという、、まったくどこに被爆都市の市長の見識と矜持があるのかを疑う」と。
単純なオバマ支持行動は米国民の問題であっても、広島市民・被爆者の問題ではありません。秋葉市長のオバマ礼賛(らいさん)の発言や、何と市職員名札へのオバマ称揚(しょうよう)シール着用の促進など、明らかに偏向した政治活動ではないでしょうか。秋葉市長がお一人でおやりになるならともかく、特に後者は市職員の政治的中立性、公平性を無視した市長の政治思想の押し付けではないでしょうか?即刻、中止すべきだと思いますが、市長のご見解をお伺いします。
秋葉市長は「市民の力で問題を解決できる時代」だとして「核抑止論」や「核の傘」で都市市民を人質にとる国際政治の異常さを付かれていますし、「都市が核攻撃の目標となることは容認できない」とする平和市長会議のメッセージを「ヒロシマ・ナガサキ議定書」の活用とともに述べてらっしゃいますが、「国家の核兵器使用責任」が不明瞭なままでは、いくら核廃絶といえども、いくら「都市」や「市民」を何度述べても、その意味は薄まるばかりです。そしてそれを実証するかのように、先月、秋葉市長がニューヨーク市で開催されたNPT再検討会議に「ヒロシマ・ナガサキ議定書」の採択を目的として参加されたにも関わらず、わが日本国にでさえ提案国となってもらえず、採択の土俵にすらあがりませんでした。598もの国内都市で「ヒロシマ・ナガサキ議定書」のNPT再検討会議での採択に向けた意見書を取り上げて頂いたにも関わらず、こうした結果になってしまったわけですが、広島市としてはこの度のNPT再検討会議における現実をどう受け止めておられるのかお聞かせください。
次に、秋葉市長は昨年10月に策定した「広島市基本構想」において、こう表現されています。「広島市民の被爆体験の中から生まれた平和や和解のメッセージ」そして「被爆者の和解の哲学を踏まえ、真に平和な世界をつくるため」と。ここで秋葉市長が言わんとする「和解」とは何ぞやです。被爆者がいつどこで正式に「和解」したのでしょうか?いつ「和解」のメッセージを発信されたのでしょうか?それとも、この基本構想で既に「被爆者は原爆投下国米国と正式に和解させられてしまった」のでしょうか?お答えください。
先月のある新聞記事に被爆者の方の声が紹介されていました。「被爆者同士は大抵、原爆のことは語らない。親父も原爆のことは一言も言わなかった。『絶対許せない』という思いが爆発してしまうから。被爆者はそういう思いをずっと抱えていたはず」と。
秋葉市長、、こうした声は、大多数の被爆者、そしてご遺族ならびに被爆2世3世の声なき声なんです。団体等の政治活動に参画していない大半の被爆者やご遺族は、声にこそ出しませんが、大半の方が「和解の哲学」なんて境地に至っていません。あえてそれを言うのであれば「米国の原爆投下責任」を認める謝罪あってこその「和解」こそが、社会通念上の常識と考えますし、こうした一方的で無神経な表現が心静かに生活されている多くの被爆者、ご遺族の方々の心を傷つけていることにお気づきにならないのでしょうか?秋葉市長が基本構想で表現された「和解のメッセージ」について分かりやすくその説明と、「和解の哲学」とは具体的にどういった市長のお考えをさすのかお聞かせください。
今年の11月には「ノーベル平和賞授賞者世界サミット」が広島市で華々しく開催されます。官民が一体となってその支援を行い、地元の歓迎機運の醸成を図るという目的で、今議会に一般会計から2,508万円の補正予算を計上され、事業費も広島県と折半とされていますが、広島県とはどこを窓口とし、いつの時点からどのような協議をされてきたのかお伺致します。また、その事業費をもって「サミット支援推進協議会」なるものを1,680万円の税金を投入され組織されると聞いていますが、その構成をお聞かせください。そしてまた、このサミットで広島市民として被爆者として享受できるもの、そして世界一の復興都市として国内外に発信できるものとは何なのか具体的にお聞かせください。また、このサミットのテーマは「核廃絶」と聞いていますが、米国の原爆投下責任について言及されるのかどうかについてもお答えください。
秋葉市長、、市長は国連の事務総長ではありません。広島市の市長です。いかにグローカリズム(地域地球主義)が大切とはいえ、今一度、原爆投下をよく考えてみて頂きたいと思います。世界で初めて核兵器が投下された広島市、そして過去ただ一つ投下した国、米国。この歴史的な事実と戦後ずっと向かい合って生きてきた私たち広島市民の声なき声に、もっと目線を下ろして、そして耳を傾けて頂きますことを願わずにはいられません。まさに、シンク・ローカルです。そして、「オバマジョリティー運動」なるものが、どれだけ多くの被爆者、ご遺族をはじめとした広島市民の心の中で、違和感と困惑、そして深い悲しみを醸成させているかについても、ご配慮願いたいと思う次第です。


【市政報告】一般質問 1日目 2010:06:16:06:41:52

2010年6月16日

昨日(6月15日)6月定例会、一般質問 1日目が行われました。

1、谷口 修(自由民主党新政クラブ)【安佐南区】
 1)旧市民球場について
 2)広島駅新幹線口地区整備について
 3)西風新都の整備について

2、田尾健一(市民連合)【安佐南区】
 1)核不拡散条約(NPT)再検討会議の成果と問題点について
 2)情報システムの処理ミス問題について
 3)介護保険制度の成果と課題、今後の取り組みについて
 4)介護保険制度の改革について
 5)子育て支援について
 6)教職員の児童生徒と向き会う時間の拡充について
 7)子どもの貧困対策について
 8)資源ゴミの持ち去り対策について

3、佐々木壽吉(ひろしま政和クラブ)【東区】
 1)経済対策について
 2)オリンピック招致について
 3)視覚障害者の支援について

4、渡辺好造(公明党)【南区】
 1)核廃絶に向けた取り組みについて
 2)入札制度について
 3)公益法人制度改革について
 4)デート(DV)について
 5)公的資金の補償金免除繰り上げ償還について

 以上4人の議員が質問をしました。

 昨日(6月15日)一般質問をしましたが答弁は、全くと言ってよいほどまともな答弁では有りませんでした。それぞれの質問と答弁は後日掲載します。昨日の質問から落とした自転車対策について掲載しておきます。

自転車対策について
 6月2日、東京都江戸川区の葛西駅に日本一の規模の地下駐輪場が誕生したという報道を見て視察に行きました。

 江戸川区では、駅周辺の放置自転車をなくし、安全で快適な都市環境を実現するため、17年4月から「総合自転車対策」を実施しておられます。これにより、放置自転車の台数は大幅に減少したそうです。
 放置自転車は、H13年5 月(ピーク時)に 9,038台でしたがH21年5 月 には429台になり8,609台も減少し、区内12駅の放置自転車が95.3%減少しました。その減少した原因の一つとして近代的な駐輪場の設置があります。
 駐輪場業務は一括業務委託とし、業務内容は多岐にわたります。
 駐輪場の運営・管理業務、駅周辺放置自転車対策業務(啓発・警告札着け・撤去)、撤去自転車保管・返還業務、加えて駅前広場と駅前手洗い所の清掃まで盛り込まれています。市直営から民間に切り替えたことで作業効率はずいぶんあがったようですし、一括業務委託することで委託業者のサービス徹底の中で業務改善が進みました。
 この立体駐輪場は、1基(250台前後)あたり直径7メートルあれば設置できるものでした。さらに地上でも地下でも整備が可能です。登録車は、1ヶ月又は3ヶ月の定期カードを購入し、自転車にはICチップを付け、そのままゲートに置けば、鍵をかけずに施設に入れることができます。
 自転車を入れる時間は数十秒です。また、収納場所のゲートを忘れたり、間違えても、適正なゲートを知らせる仕組みになっています。
 国と東京都からの助成も受け、都市計画施設として整備を行っています。
 葛西駅前広場の地下に自転車9400台、バイク400台を収容し利用率は80%だそうです。

 一方広島市の状況は、平成21年5月調べでは、放置規制区域内の紙屋町・八丁堀地区に1,079台、広島駅等主要駅周辺地区で179台、放置規制区域周辺では1,817台合計3,075台もの放置自転車があります。当局によりますと1割程度駐輪場が不足しているそうです。
 江戸川区の例にあるように総合自転車対策の効果で放置自転車が劇的に減っています。カーボンマイナス70でも「自転車都市広島」の実現として自転車対策は重要施策として挙げられています。また、第五次基本計画で自転車の適正な利用のあり方や走行空間の整備など基本的な方針を示す「自転車利用促進計画」(仮称)を策定するとありますがどのようになっていますか。
 平地部での自転車による観光・自転車専用道路・駐輪場対策・自転車使用者のマナーアップという内容が非常に大事だと思いますが江戸川区の「総合自転車対策」のような内容ですか。
 新天地地下駐輪場・繁華街の駐輪場・各主要駅の駐輪場を江戸川区のような市民に使いやすい・便利な駐輪場に変えて欲しいと思いますがいかがですか。  
 また、レンタルサイクルを利用しての市民活動・観光を推進する必要があると思いますがいかがですか。

 

 


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